MがHやI.Mに対して「病識がない!」と嘆くたびにワハハと笑っていたのだが、じゃあ私は病識があるのか? と我が身を振り返ると、そうでもないかも……と思い始めた。

なんか知らんけど体が一ミリも動かなくなって右手だけで意思疎通を図る回が何度かあって、ちゃんと思い出すとこれって今年の4月以降のエピソードなんですよ。すごい最近。なぜなら記憶の景色が今の家で、引っ越しをしたのが今年3月だから。

えっ?! 重症じゃない……?!

首をもたげることも振ることもできず、口を利くことはおろか呻くこともできないなんて、そんなの健康ではないでしょうよ。精神的に意欲があって情緒が安定していても、病気は病気なのだ。……そうらしいです。

なぜこの有様で労働ができると思ったのか。落ち着いたほうがいい。

というか、抑うつ状態について考えると、私は中学の頃から今に至るまでずっと精神が鬱々としていましまよね、ということに気がつく。明日地球が崩壊することを祈りながら毎夜眠りについていた我が青春時代。目の前の人間すべてが恐怖の対象だった我が青春時代。それが私の普通であった。

今は全く爽やかな気持ちで毎日を過ごしているので、なんだかすごく健康だな、と思ってしまう。いや、少なくとも思考回路は健康に違いない。精神というか神経というか、無意識の領域がどうかしてしまったまま戻っていないという話だ。

どういうアプローチを試みればいいのだか。このまま一生服薬を続けるのだろうか。それはそれで構わないけれども。しかし、私がやりたいことが私の身体によって邪魔されるのは困る。もっと本を読みたいし言葉を書きたいし漫画だって挑戦したい、アニメや映画も観たいし旅行だって行きたい、友達も作りたい、筈だ。

思弁ではたどり着けない何かがあるのだろうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

マァやれることをやれるだけやってみるしかない、のかなあ。

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