シンガーソングライターの曲とピアノ独奏曲とエクリチュール、これらはどれも、アーティスト/演奏者/作者の息遣いがそのまま現れる物のように思う。

ピアノ曲は、吹奏楽やオーケストラと違って指揮者が居ない。演奏者の解釈がそのまま強弱やリズムとして現れる。ピアノの独奏は、たぶんピアノ未経験者が思っているより、ずっと自由なものだ。速度の指示は、例えばアンダンテは歩くような速さでという意味で、BPMのような数値ではない。また、よくタメも使うが、これは別に楽譜にそうしろとは書かれていない。演奏者の裁量なのだ。強弱は演奏者の身体に依存する。そのひとが出せるフォルテ、そのひとが出せるピアノ。

エクリチュール(小説や詩、エッセイなど)は、会話や演劇と違って作者ひとりの手によって展開される。話の展開、言葉選び、読点の位置。その全てにそのひとらしさが現れる。

シンガーソングライターの曲は、ピアノ曲とエクリチュールを合わせたようなものだ。

それぞれがそれぞれに、そのひとがどのような存在なのかをよく教えてくれる。そこが良い。また、これらは、対話の席が空のままで取っておいてあるのだ。そこに私が座ることを許してくれる。こんなに嬉しいことはない。

生身の人間と肉声で会話をするのが苦手な私にとって、こういった対話の形があるのは本当にありがたい。これらがあるから、私は死なずに済んでいると言っても過言ではないように思う。

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