ライバル
ここのところ、榎木津は関口を部屋に呼びつけて按摩の真似事をさせるのが日課になっていた。
取り立てて関口の揉み方が上手いというわけではない。むしろ不器用な関口らしい、不器用な揉み方でしかない。だが、榎木津はそれが気に入っていた。あの内気な関君が、自ら僕に触れてくれるのだ。これほど愉快なことはないだろう、と。
「榎さん、来ましたよ」
戸を叩く音と共に関口の声がする。
「おお関君、はいりなさい」
「お邪魔します」
何度来ても慣れぬのか、関口は戸惑いがちに敷居を跨ぐ。
「さあ、早速頼むよ」
蒲団にうつ伏せになり、顔は腕に乗せる。
関口の丸っこくて小さな手が榎木津の足に触れる。
ちらりと関口の顔を盗み見る。
関口の横顔は真剣そのもので、こちらの視線に気づく様子はない。それをいいことにじっくりと眺める。ハの字に下がった眉、存外大きな瞳、固く結ばれた小さな口。
そのどれもがなんとも云えずかわいらしいのだ。だからこうして独り占めしたくなる。
「ふう、そろそろいいですか?」
「今日も助かったよ、関君」
目を見て笑えば、関口はやや暫く惚けたあと、赤面して俯いた。これもまたかわいらしいのだ。頭を撫でてやれば、今度は耳まで真っ赤にしてしまう。
関君は僕が守らねばならない。
そのために手元に置いておくのだ。
+ + +
ここのところ、関口は榎木津のところに足繁く通っている。聞けば、榎木津に按摩を施しているとかなんとか。
これが一度や二度なら分かるが、最近は毎日行っている。さすがに度が過ぎている。
「関口君、居るかい」
「中禅寺か、何か用かい」
「今日は榎さんは用事があるそうだ。そこで代わりと云ったらなんだが、僕の肩でも揉んでくれないだろうか」
「それくらいならお安い御用ってものさ。ほら、上がって」
関口の丸みを帯びた柔らかい手が肩に添えられる。不器用な手付きが、しかしなんとも云えぬ心地好さを産んでいる。
なるほど、これは悪くない。悪くないからこそ腹が立った。こんな善いものを独り占めさせてなるものか。
「おや、お猿じゃなくて仏頂面が来たぞ」
「関口君なら来ませんよ。僕が帰らせました」
蒲団に座った榎木津を見下すように、中禅寺は腕を組んで睨みつける。
「最近、関口のことを呼び出しすぎじゃないですか、榎さん」
「仮にそうだったとして、君に云われる筋合いはないなあ」
「関口にだってやりたいことはあるはずだ。それなのにあんたのことだ、関口が嫌だと言っても強行突破で連れて行くだろう」
「多少文句は云われるけど嫌がられたことはないさ。それに毎回、関君自ら出向いてくれるぞ。羨ましいのなら中禅寺も按摩を頼めばいい」
勝ち誇ったように榎木津は笑う。
「いつ誰が羨ましいと言いました」
「顔に書いてあるよ」
「まさか。僕は関口の身を案じているに過ぎませんよ」
「君がそういうのなら、そういうことにしてやろうじゃないか」
そのうち榎木津はあまり関口を呼び出さないようになった。飽きたのか、それともまた別のことを企んでいるのか。
いずれにせよ、関口は僕が守ってやらねばならない。
だから、榎木津に関口を渡すわけにはいかない。