『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』を見た。
なんとなく泣くことになるんだろうな、とは思っていたが、それぞれ困難を抱えた者たちに接する従業員や、そこでの交流がとてもやさしいもので、序盤からもう泣いてしまった。
健常者のふりをしなくてもいい、ありのままでいられる、そんな場所。そういうふうに見えた。
母は「閉鎖病棟は怖い」と言った。それもまた真実なのだろう。映画は映画で、実際に目の前にするのとは違う。それでも、私は彼らのことを怖いとは安易に言いたくない。けものフレンズからセリフを借りれば、「君はそういうフレンズなんだね!」と言いたい。その人をありのまま受け止めたい。
それは綺麗事かもしれない。それでも、綺麗事を語るところから始まるものもあるだろう。例え腹の中で何を考えていたとしても、行ったことだけが事実であり、それが真実となるのだ。決して騙している、なんてことはない。
「ここには事情を抱えてないひとは居ない」といったセリフがあるが、それは病棟の外でも言えることなのではないだろうか。それぞれが事情を抱え、それでもさまざまな理由のために働いている。
秀丸さんが、普段から粗暴でありレイプ犯の者を殺してしまう。彼が警察に連れて行かれるとき、入院患者から声援を受ける。殺人の罪は重い。例えどんなにクズみたいなひとだったとしても、そのひとには人権がある。だから殺してはならない。だが、入院していた者たちとの交流もまた本物だったのだろう。だから声援を受けた。
最後に、今まで何十年も車椅子に乗っていた秀丸さんが自力で立とうとするシーンがある。きっと今まで、秀丸さんは流されるまま、諦めながら生きてきたのだろう。それでも、最後にようやく意志を得た。それは自ら生きようとする意志だ。それは尊いものである。
私は今まで、三人の障害児と交流を持った。そのうち、支援学級に通うふたりの児童のことを思い出した。彼らと交流する時間は短かったが、それでも察するにあり余るエピソードがある。
放送委員の活動をしていたときのことである。彼の眼鏡が歪んでいることを私に向かって指摘した者がいた。きっと健常者相手なら直接言うんじゃないだろうか。そこに隔たりを感じた。その彼は、肌で感じたことだが、どこか遠巻きに見られていた。異質なものとして扱われていた。
それから、もうひとりのことである。私はとくに何をしたつもりもなかったが、彼から強い好意を示した手紙を貰った。私が特別扱いせず、平たく接したことが良かったのだろう。きっと、今まで彼は腫れ物扱いされたり、遠巻きに見られたりしてきたのだろう。
悲しいことだ。支援学級は彼らのためにあるはずなのに、結果として隔たりを産んでしまった。学校は勉学の場であると共に、ひとと関わることを学ぶ場でもあるだろう。それなのに、関わることを拒絶される。
しかしそれは、彼らを守るためでもあったのかもしれない。もしかしたら、同じクラスに居ればいじめられていたのかもしれない。それでも、それを回避したり諌めたりするのが教師の務めではないか。それを怠っているようにしか見えない。
もうひとりの障害児は小学校の頃であり、同じクラスに居た。彼は「そういう子」として受け入れられていた。授業中にどこかに行ってしまったり、私の髪をしゃぶったりしていたけれども、同じクラスメイトとして関わりを持っていた。それは暖かいものであった。
ネット上には「ガイジ」というスラングがある。障害者を差別する、最悪な言葉だ。なぜそこまで障害者が忌避されるのか、私にはわからない。
きっと、人は異質なものイコール排除していいもの、気持ち悪いものとして扱っていいものと認識するのだろう。なんとグロテスクなことか。
なぜこんなことになっているのだろう。
障害という区分けは、彼らを支援するためにある。能力主義の現代においては、劣等と見做されてしまうからだ。だから、社会のセーフティネットとして支援が用意されている。しかし、人々にとっては異端というラベリングとして作用してしまった。皮肉なことだ。
学べば理解できるはずだ。日本の教育にはそれが欠けている。各自の努力に頼っているのが現状である。
相手の気持ちになって考えましょう、という言い方があるが、その状況を想像できない人はとても多い。自分だけは大丈夫、自分だけはそうならない。そう信じ込んでいる。この隔たりは大きい。
どうか、少しずつでも歩み寄ってほしい。それこそが多様性の社会だろう。