偶像

川の音を聞きながらバスを待つ。今朝は思ったよりも寒くて、温かい下着を着てくればよかった、と若干後悔した。それでも暑いよりはマシ、と言い聞かせて耐え忍ぶ。

水田が辺りの景色を鏡のように反射していて、ちょっとした湖のようだった。

母に、今日はすぐ帰ると伝えると、じゃあご飯作って待ってるね、と嬉しそうに言われた。ああ、帰ってきていい場所なんだな、と思って、私も嬉しかった。ここが帰る場所なんだな。

推しの子を70話まで一気読みした。この脳みそがオーバーヒートするような感覚は、チェンソーマン第一部を一気読みしたとき以来なので、実に一年ぶりだ。

てっきりメイン軸だと思っていた要素があっけなく終わり、梯子を外された気分になると同時に、この物語は、アクアは、これから一体どこに向かっていくのかと思うとワクワクしてしょうがない。

大きな手がかりを失った中で、ここからどう犯人に情報を吹き込んだ人物を炙り出すのか。俳優としてのアクアの行く末は。楽しみだ。

個性的な漫画家、欠けている人間の演技、それらのなんと魅力的なことか。普通に拘るな。お前はお前を貫け。そう背中を押してくれているようでもあり、特別な人間は特別な人生を歩んでいると突き放されているようでもあった。

こういう物語を読むと、私も何者かになりたいと憧れてしまう。どうしようもなく、遠く輝く一番星に恋い焦がれてしまう。

だが、自分は天才ではないということはよく知っている。何も成さず、ただのうのうと生きてきただけで、何かひとつに打ち込んだこともない。そうして恋は冷めてしまう。
でも、それで諦めてしまっていいのか? と囁く己もたしかに存在するのだ。

こうなりたい、と思わせるようなキャラクターを、そのキャラクターを通して見る視界がワクワクするものになる世界を、描いてみたい。次が気になってしょうがなくなるストーリーを生み出したい。

そんな気持ちを思い出させてくれる。その先が暗闇だとしても、一緒にもがくよ、と言ってくれている気がした。

特別になるには特別な努力が必要だ。天才とは、努力を苦と感じない感覚の持ち主のことだ。ならば凡才は、苦しみ血反吐を吐きながら星に手を伸ばし続けるしかない。