わくわく

関西に行くため飛行機に乗ったのだが、途中で計器トラブルのため東京に目的地が変更となった。

もちろん不安もあったが、それと同じくらい、不謹慎ながらもわくわくしている自分がいた。

非日常のなかの非日常。以前なら不安一色になっていたであろうイベントが起こっても、それさえ楽しめるようになったのは心が健康に近づいたサインだと受け取っておこう。

わくわくすることと不安になることは似ている気がする。思うに、わくわくと不安の違いは、自分や世界に対する信頼があるかないか、ではなかろうか。

過信するのもよくないが、あまり疑いすぎても不安に押しつぶされてしまうので、信頼と疑いをちょうどよく持てるといいよな、と理想論を語ってみる。

上空から遠く眺めるビル郡は、なんだか墓石のように見えた。たくさんの人が灰色の同じ場所に詰められている点では似ている気がする。そしてスカイツリーは明らかに縮尺をミスっている。デカすぎ。

斯くして東京に降り立ったわけだが、道民にとってこの時期の20度は暑すぎた。思わず腕まくり。体が暑さに順応した頃、トラブル対応の長蛇の列も解消され、無事に振り替えの航空券も出してもらえた。

ようやく着いた関西の街は、夜の9時にも関わらず大変賑やかだった。地元じゃこんな光景お目にかかれない。なにせ田畑しかないし。

札幌の地下鉄の混雑で十分に辟易していたのに、大阪のそれは詰めても詰めても乗れないレベルで、そんなことある? と思いながらすし詰めになっている間に乗り換えの駅に着いていた。こんな生活を毎日……?

そして、この時間に電車に乗る高校生が居ることに驚いた。こんな時間まで塾で勉強しているのだろうか。都会の人間は大変だな。これが当たり前の世界に生きていれば、そりゃ「成長」というワードに縛られてもおかしくはないな、とのんきでやる気のない田舎者は思った。

新快速と呼ばれるそれは、名の通り本当に早く感じた。なるほどこれは自殺の装置にぴったりだ。高速で走る鉄の塊。一撃で殺してくれそう。そんな人間が山程いたのだろう、ホームにはドアやワイヤーが欠かさず設置されていた。

駅を間引いて全ての車両を各駅停車にしてしまえばいいのに、と思うが、そうはいかないのが都会という場所なんだろうな。そんなに生き急いでどこへ行くのか、私にはよく分からなかった。

それにしても阪急の車両、良すぎるな。レトロなカラーリングと木目の車内が良い。激混みなことを除けば。


 

満喫

最近は何もしなくても5時半頃に目が覚める。起きたくても起きられないよりはマシか、と思いつつ、しかし早すぎて暇を持て余すのが現実である。一生ちょうどいい睡眠をとれる気がしない。

ホテルで朝食を済ませたあと、まず六甲山に登った。レトロなロープウェイに揺られて登っていく。途中で滝が見えた気がしたのだが、名前は付いているのだろうか。

ガーデンテラス周辺の施設の営業時間にはまだ早かったので、ロープウェイの駅からは徒歩で向かうことにした。山の気温は12度。私としては活動しやすくて願ったり叶ったりである。

歩くのは好きだ。とりとめのないことを考えたり、道端の花を愛でたり、鳥の鳴き声に耳を傾けたりするのはとても贅沢な時間のように思える。北海道ではなかなか聞けないウグイスの声をたっぷり聞けて大満足。

少し汗ばんできた頃、ガーデンテラスに到着した。花に疎いので名前のわかる花はチューリップとスイセンくらいなものだったが、きれいなことには違いないので眺めて楽しみつつ、何枚か写真を撮った。

展望台からは海岸線と霞がかった大阪の街が見えた。六甲山からの眺めは1000万ドルの夜景とも呼ばれているらしいが、函館の景色と少しだけ似ていると思った。

このあと何回か電車に乗って思ったが、山と海に挟まれて細長い形で栄えているから東西の電車での交通の便はとても良い。そして南北の足はバスが支えている。これだけ移動手段があれば車離れが進むのも納得である。

昼食は地元民に愛される小さな喫茶店でホットサンドを頂いた。ショーケースに並んだ食品サンプルが決め手。京都のどこだかにお参りに行った話をマスターにするおじいさんやら、タバコをのむおっちゃんやらが寛いでいて大変よかった。お邪魔しました。

次にゴッホ・アライブを見た。生でゴッホの絵が見れる機会があったら是非見たいと思ったので、ゴッホ入門としてはとても良い催しだったのではないだろうか。

しかし混みすぎてゴッホを見に来たのか群衆を見に来たのかよく分からなくなる状況ではあった。不可抗力とはいえ、カップルの自撮りに写り込んでしまったのは申し訳なかったな。なんかいい感じに加工して私を抹消してほしい。

建築に関しては専門外だが、デザインを学ぶ学生の端くれとして安藤忠雄の展示も見た。建築家になるには手先の器用さも求められるのか、と模型を眺めながら思った。たぶんミソはそこではない。

ヘトヘトになり、雨も降り始め、ホテルに帰ることにした。

暑いしおやつの時間でもあったのでバニラアイスを購入。無心で食べるアイスは最高である。と言いつつ、半分も食べないうちに飽きてきてしまった。老いを感じる。

ホテルのアメニティのコーヒーが目に入ったのでアフォガートを作った。即席にしては大変おいしく出来上がり、大満足。

いつの間にか本降りになっていたし体力も底をついていたため、近くのファミレスで夕飯を済ませた。水を飲むタイミングを逃しまくっていたので、ドリンクバーでオレンジジュースを無限に飲んで元を取った。


 

しっとり

昨日の疲労を受けて、無事に12時間睡眠となった。その後、薬を持ち忘れたことに気がつきショックでさらにふて寝。午前は睡眠へと消えた。ホテルのでかいベッドで貪る惰眠は格別である。

さすがに寝飽きたのでとりあえずシャワーを浴び、パンケーキを食べに神戸の街へと繰り出した。

店の名前はハニーハントカフェ。住宅街に紛れ、さらに店の入口も奥まっており、なかなか難易度が高かった。店内はこぢんまりとしており、昼時からずらして行ったのは正解だったように思われる。二人席が6つほどあり、四人席が1つで、ソロでも入りやすい良い店である。

私の注文したプレミアムパンケーキには上に蜂蜜バターが乗っており、それをほかほかのパンケーキで溶かして行き渡らせるスタイル。

最初の一口は何も載せずに。パンケーキ自体ははしっかりめのしっとり系で、バターのいい風味との相性もばっちり。続いてクリームと共に。優しい甘みがバターの香りを引き立てる。

そしてお待ちかねの蜂蜜。私の選んだ蜂蜜はパイナップルで、フルーティな香りが特徴のようだ。蜂蜜がたっぷり染み込んだパンケーキは優しい甘さで満ちていてまさに天国。最高だ……。二度目の来店は遠い未来かと思うと悲しい。なんとかそれまで生き残って欲しいと願うばかりである。

次に向かったのは異人館街。Fateのオタクなので遠坂邸と間桐邸に大興奮。聖地巡礼は最高だぜ。牛乳はかけられずに済みました。

そして母が滝好きなこともあって、最後は布引の滝へ向かうことにした。函館も坂の街だったしと舐めてかかった異人館街はとんでもない勾配で既にへろへろだったが、ここは気を引き締めていく。

前日の雨の影響がまだ残っており、地面は濡れた落ち葉と石でやや不安定。軽い登山の途中、ものすごい流水の音が聞こえてきて、これが滝から出ていい音なのか、と驚きながら歩みを進める。

目の前に現れた滝は、その音が表すようにものすごい水量と迫力で以って出迎えてくれた。これはなんというか、圧倒的なパワーで心がバッシャバッシャと洗われる。そんな感じだ。

今度は必ず母と来ることを滝に誓い、水しぶきと汗で若干しっとりしながら帰路についた。