憂鬱という痛み

2025-03-25

本を返却するため、ひとりで外に出た。空の澄んだ青さとは反対に、私の内側は陰鬱な色をしていた。何かこれといった出来事があった訳ではない。強いて言うならば、生そのものに憂鬱さが纏わりついていて、他者というモルヒネがなければその憂鬱という痛みがじわりじわりと思い出されてくる、それだけの話だ。

新たに本を借りる気にはならず、さっさと帰宅し、布団に寝転んだ。音楽を聴きながら眠った。

今年に入ってからというもの、日々をだらだらグダグダと過ごすばかりで、何もしていない気がする。気がするだけで、実際のところはお絵かきをちょこちょこしたり、本を読んだりしてはいる。しかし本当にやりたいのは文章を書くことなので、やっぱり何もできていないという気持ちになる。

やっと雪が溶けてきたので、散歩を再開したい。近くにプールのあるジムがあるらしく、そこで運動するのも良いかもしれない。とにかく、筋肉を付けて脂肪を落とさねばならない。ごろごろしている場合では全くないのだ。

孤独への危機感が長く居座っている。真面目に友達を作らなければ、あと二年はこの調子で暮らすことになってしまう。だが、どのように人間とお知り合いになればいいのだろう。それが簡単にわかるのなら、こんなことにはなっていない。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!